2020年04月01日

雨の日を待って。

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朝から雨降り、本日はそんな日にぴったりの
ナルミの優しいブルー。

散歩も行けず、昨日の写真から。
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昨日の散歩で出会った気になるこの植物は!

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ベニガシワ!と判明しました。
この赤さ、すごいねー。

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目黒川にかかる橋の一つ、小関橋。
橋のたもとがタイルであしらわれていていい!

さて、
月曜日、新橋でカフェを探してた時、
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目について、気になる場所がありました。

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何やら煉瓦の建物と、煉瓦の碑。

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珍しく気になって、読んでみました。

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読んでみたら初めて聞く驚きの事実がありました。

以下、黒い部分に記載されてる文章記載します!

【東京銀座・金春通り煉瓦遺構の碑】

「銀座は日本に二か所しか建設されなかった
きわめて貴重な煉瓦街の一つです。
もう一つは丸の内の煉瓦街でした。
しかし今日では残されたこうした遺構から
明治時代の煉瓦街を窺い知るほかはありません。

設計はトーマス・ジェイムス・ウォートルスというイギリス人です。
フランス積みで、明治5年から10年にかけて
当時の国家予算の4%弱を費やし、
延べ1万メートル余もあったといわれています。

 この煉瓦は銀座八丁目八番地(旧金春屋敷地内)で発掘されたもので
ゆかりの金春通りに記念碑として保存されることになりました。
 
下の絵(3枚目の写真参照)は、
明治初期のガス灯や張り板、
提灯など当時の金春通り煉瓦街を偲ばせる
古い写真を元に銅版に彫金したもので、
見る角度により昼夜の印影がでるよう
微妙な細工が施されております。

  銅版画制作 第十一代 銅昭」

− 場所: 銀座金春通り
 
銀座と丸の内が煉瓦街だったなんて…めちゃくちゃ素敵そう。

この情報、わたしも入ってるレトロ建築を愛する方々のグループ
にアップしたら、ものすごーく大評判でした!(o^^o

お詳しい方がどんどん情報を出してくれて
渋沢栄一にもたどり着きました。
勉強になるなぁ(о´∀`о)


さて、今日は1日雨降りだったので、
気になっていたベランダの掃除をしました。

傘をさしながら、デッキブラシの小さいバージョンで。
始めたのが遅く、頭に描いていたところまでは程遠いけど
それでも、スッキリして気持ちがいいです。
今度はカッパかな?!

さぁ、明日はお散歩行きたいなー(๑・̑◡・̑๑)
今日動いていない分、歩きたいっ!!


本日もありがとうございます。
包んでくれるすべてのものに。


posted by クロワールCafe at 19:56| Comment(0) | TrackBack(0) | Beauty
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